[活動レポート 02/24] Así se baila el tango – チノ&ミホ歌詞勉強会 – milonguera tomoko

Así se baila el tango – チノ&ミホ歌詞勉強会 2007/02/24 18:00-19:00 六本木トロピカーナ

1:タンゴ観を理解するための歌曲

最近タンゴ(ダンスも音楽も含めた)はいかに理解するべきなのかということ、そして、日本でタンゴに関わっている人たちはどのようにタンゴそのものを受け入れているのかということにも関心がある。私自身タンゴを理解していく上で常々もっと曲についている歌詞をよく知っていくことが大切であると考える。歌詞のついているタンゴを聴いていると、古いものにしろ新しいものにしろ、各時代のタンゴが踊られる場面、タンゴ的な場面、自分たちのタンゴ観について語ったり、人々にタンゴはこの様なものであると語りかけているものが多い。こういった曲をもっと深く理解できるようになったら、踊る場面や演奏する場面でも表現方法が変わるのだろうという思いがしてならない。これが今後、自分自身がタンゴに関わっていく上での課題の1つであるだろう。しかし、石川浩司さんが‘97年に執筆していらっしゃる 『日本のタンゴ文化はサブカルチャーなのか?-日本のタンゴ愛好家の嗜好とその形成過程についての考察-』 で触れていることであるが、日本においてタンゴの歌曲はアルゼンチンの状態と比較すると普及していなく、その理由は言語の壁だけでなく、その背景の理解の不足にあるという。つまり、歴史・文化的背景に、さらに作詞家の思想的・哲学的背景の理解も必要であるということなのである。これに関連して自分自身でも大変興味深いと思った経験がある。エバリスト・カリエゴ Evaristo Carriego は曲のタイトルにもなっていて、あるいは彼自身も作詞をしている詩人であるが、その彼の名前をタイトルにボルヘスというアルゼンチンの偉大な作家が短編小説を出している。そこにはエバリスト・カリエゴ自身のことであったり、ボルヘス自身のタンゴ観に通じるブエノスアイレス観が書かれている。それを読んだ後に改めて A Evaristo Carriego を聴くと何かさらに深いものを感じた記憶がある。その時の感覚を大切に、これからも出来るだけタンゴの背景について理解を深めていくようにしたい。


2:タンゴ歌詞の大切さ

RIMG0107.jpg前置きが長くなってしまったけれど、先日タンゴの歌詞を学習する会に参加する機会を得ました。毎週六本木のトロピカーナにて行われているタンゴ練習会ですが、2月24日にはアルゼンチンより来日しているチノ&ミホによるダンスレクチャーだけではなく、彼らによってタンゴの歌詞勉強会が催されました。参加者はスペイン語を理解する人もしない人も集っていましたが、チノさんのスペイン語による説明に、ミホさんがさらに日本語で通訳をしていただき、また所々でお2人が実際に組んでダンスの諸動作も交えながら分かり易くレクチャーして下さいました。ダンサーならではの勉強会だったでしょうか。

その日に取り上げた曲は Así se baila el tango。まずは何故その曲が取り上げられたかというと、チノさんのお父様はタンゴ歌手アルベルト・カスティージョ Alberto Castillo を好んで、彼が歌う場によく通ったそうで、お話によると、彼の歌い方・その場面の使い方にはとても特徴があり、彼はマイクロフォンを持ちながら歌い、時々それをお客の方に傾けて問いかけたりしたそう。 Todotango の彼についての 説明のページ にもそのようなエピソード等が記載されているので、詳細を知りたい方はそちらをご参照を。その様な彼の特徴が良く表れるものとして、またタンゴの歴史が詳細に語られるものとして上記の曲が取り上げられたようである。

ではどの様な感じでその特徴が表れるのか。歌い始めはこう:

¡Qué saben los pitucos,lamidos y shushetas!
¡Qué saben lo que es tango, qué saben de compás!

この部分の歌詞を日本語に訳してみると:

高級住宅に住むやつらが、髪を撫で付けているようなやつらが、気取ったやつらが何を知っているんだ?!
やつらはタンゴというもの、そのリズムを知っているのか?!

というような感じで、まずは問いかけで始まっている。もうこれを読んで察する方もいるかもしれないが、上記の部分では富裕層の人々が踊るタンゴを皮肉っているのである。それではその先ではどのようなことが語られているのか。後半はこうである:

Aquí está la elegancia. ¡Qué pinta! ¡Qué silueta!
¡Qué porte!¡Qué arrogancia!¡Qué clase pa`bailar!
Así se corta el césped mientras dibujo el ocho,
Para estas filigranas yo soy como un pintor.
Ahora corrida,una vuelta,una sentada…
¡Así se baila el tango,un tango de mi flor!

以上の歌詞の日本語訳は次の通り:

ここにタンゴのエレガントさがある。
何という美しさ!何という姿!
何というエレガントなポーズ!何という誇りの高さ!何と素晴らしい階級の踊りか!
オチョを描いている間に、このように芝生を刈る。
そのようなラインを描く、私は画家のようなものである。
これがコリーダ corrida (曲で言うバリエーションの部分で、細かい、時に激しい足取りのステップ)、ブエルタ vuelta (ヒーロ)、センターダ sentada (女性が男性側に寄りかかるようにするポーズ)・・・。
このようにタンゴは踊られる!これが最高のタンゴ!

この部分が、前半と比較するととても面白い。前半では富裕層の踊りを皮肉を交えて描いていたのに対し、後半では貧困層の踊りを肯定して描いている。そしてここには初期のタンゴの歴史、タンゴが踊られていた環境、ダンスの動作の話が出てくる。歌詞の中に「オチョを描いている間に、このように芝生を刈る。」とあるが、これはもともと床が現在のサロンのようなものではなく土の床で、そこにあたかも8の字を線で描くような様を表している。そして、富裕層の気取ったステップと違い、貧困層の人たちの踊りはコリーダ corrida、ブエルタ vuelta、センターダ sentada など動きが荒めのものであったことが分かる。今回この稿には載せない歌詞の部分にもケブラーダ quebrada というものが出てくるが、これも彼らの動作の1つ。これは体をひねりながら(折り曲げるというような感覚だそう)後ろに大きく後退していく形。チノさんのお話によると、こういったような激しい動作の伴うものは、危険動作禁止の警備体制の敷かれていた40年代のサロンでは取り締まりの対象になっていたそう。ここで注目に値するのが、サロンで禁止されたものがステージへと残っていくという過程である。

最後に、歌詞のリフレイン estribillo の部分に触れたいと思う。その部分は次の通り:

Así se baila el tango.
Sintiendo en la cara,
la sangre que sube
a cada compás,
mientras el brazo,
como una serpiente,
se enrosca en el talle
que se va a quebrar.
Así se baila el tango,
mezclando el aliento,
cerrando los ojos
pa`escuchar mejor,
cómo los violines
le cuentan al fueye
por qué desde esa noche
Malena no cantó.

リフレインの前後で歌手の la actitud が変わることも注目する点であることにも触れていた。la actitudを辞書で引くと「姿勢/態度」といった意味が出てくるが、レクチャーの中で話されていたことからくみ取ると、リフレイン前は語りかける形式で、リフレインに入ると真実を説明していく形式になっていて、それぞれの部分で歌手は色調を変えることを la actitud が変わると言うようである。

以上の歌詞の日本語訳は次の通り:

このようにタンゴは踊られる。
リズムを踏むごとに
沸きあがってくる血を
頬と頬で感じながら。
一方で男性の腕は
くねらせようとしている女性の腰に
蛇のように絡み付いている。

このようにタンゴは踊られる。
バイオリンが
蛇腹に語りかける様に
音楽に耳を傾けるため、
吐息を交じらせながら、
目を閉じながら。
なぜなら、
その夜からマレーナが歌わなくなったから。

ここの部分では男女2人が深く抱き合いながらタンゴを踊る様子が描かれている。続きはまだあるがこれ以上記述する必要がないくらい、ここまでの部分に取り上げるべき要素が凝縮されている。

RIMG0110.jpgここまでを振り返ってみると、曲の歌詞が初期のタンゴの歴史、タンゴが踊られていた環境、ダンスの動作、タンゴの踊るときの男女の状態と様々なアスペクトからタンゴというものが何であるのかということを私たちに教えてくれている。最初の方で触れたように、言葉の壁、そして歴史・文化的背景、作詞家の思想的・哲学的背景の理解に欠如している自分にとってチノさんとミホさんのお話はとても貴重なもの。アルゼンチン特有の隠語 Lunfardo、スペイン語的言い回し、歌詞に浮かび上がらないけれど必要不可欠な歴史的背景は、その国を深く知り、タンゴに長い間携わっていらっしゃるお2人より教えていただかなければ、たった1曲だけれども、それさえも理解できなかったかもしれない。しかも今回のレクチャーの特徴的な部分は歌詞に出てくるダンスの諸動作をお2人が再現してくださったところで、そのおかげで内容がさらに立体的に浮かび上がって見えてきた。歌詞に空間を見たような気がする。今回の歌詞勉強会・ダンス練習会を通して改めて思ったことは、やはりタンゴは音楽を表現するにも、ダンスを表現するにも、ブエノスアイレスに根付いたものを探求するところに重要性があるということである。これからも以上のようなことを多くの人と学んで共有し合える場を持ち続けたい。そして出来るだけ自分でも、原語でしかない歌詞を日本語におこす作業を個人的にでも良いので続けてみたいと思う。

チノさん、ミホさんには感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。

Tangueros Unidos – El Chino & Miho

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