[特別寄稿 2007年1月] 誰のために踊るのか – Mana

特別寄稿 誰のために踊るのか
Mana

はじめまして&こんにちは。Manaです。茗荷谷タンゲーラのHP「TANGOZUMZUM~アルゼンチンタンゴを踊ろう(http://www.tangozumzum.net/)」で「マナのタンゴの細道」というエッセイを連載しています。まだまだタンゴ歴浅いのですが、こわいもの知らずにわからないことをどんどん書くのを売りにしてますので、お気に召さないことがあっても怒ったりしないで、どうぞよろしく。

さて、寄稿させていただくお題は
「誰のために踊るのか?」
張り切ってやけに大きいお題なのですが、タンゴって結局誰がいい思いをするものなのか?そんなことをちょっと書いてみたいと思います。あくまでこういう見方もあるよ~。という独断と偏見にみちた所見なので、その辺はお含みおきを。

1、見せるものか、魅せるものか

先日普段あまり行かないミロンガに行ったところ、こんな体験をしました。

主催者「彼女manaちゃんよ。○さん踊ってあげて?」
○ 氏(伏せる以前に名前をあえて忘却)「ふぅん、で、あんたはどんな踊りをするわけ?」
mana「(は?)リードしてくだされば、一応ついていくつもりですが」
○ 氏「でもアルタンの女って踊れないやつが多くて(←けっ!)」
mana「(やる気が失せて)一応ショータンゴのステップとかも習いはしますが」
○ 氏「凄いね!!(ほんとに態度が変わった)あの…踊って貰えるかな…」
踊りました。とても空いてたし、好きそうだったのでサービスで派手めに踊りました。おおむねご満足のようでしたが、
○ 氏「あんたこのステップも知らないの?」
mana「どういうのですか?」
○ 氏「こうやってこうやって(片脚重心で脚を大きく横に出す)、キッと右見て左見て(大見得…?)、出してる方の脚を俺の脚に(この開き具合では絡められない!しかもリードなし…)」
mana「はぁ、(それって少なくともアルゼンチンタンゴじゃないし)習ったことしかやらないことにしてます(←大嘘)」

こんなやりとりおかしいですか?これほど徹底的な人は久しぶりだったけど、こういうタイプの人意外に多いのです。多分悪気はないと思うのだけどちょっとげっそりしてしまう。何がポイントかっていうと、manaがショータンゴもやるよっていったら態度が変わったように、見せることを重視する姿勢。その後に教えようとしたステップがリード無視の派手な動き=見せる動きだったこと。

協力して美しい形を作り出す。表現する。美しいことだと思いますし、Manaはあまり他の踊りはしらないけれど、そういう踊りもあるでしょう。例えばバレエのリフトとか。もちろん呼吸を合わせるし、協力するけれど、そこにあるのはそれぞれの目標の達成感であって、パドドゥ(二人の踊り)であろうが多人数の踊りであろうが、一人一人の上に表現は完成している。美しいです。見るの好きです。ステージタンゴはバレエのあり方とかなり近いものがあるんじゃないかな。

サロンタンゴも綺麗ですね。Manaもフロアを眺めてるの好き(踊るのはもっと好き)。でも、それはバレエやステージタンゴの美しさとは違うものだと思う。というのは、サロンで踊られる踊りは踊っている相手に対してアピールするのが一番だいじだと思うから。ステップ自体の動き、全体の動きとは比較的関係ない飾り足遊び足。「動きを美しくしたい」「綺麗に遊びたい」そう思うのは、少なくともmanaの場合はギャラリーのためではないです。

ステップに関わる動きが美しいということは、タンゴの場合想定外の無駄がないということ。無駄がなければ、相手のリードの効率が良くなる、相手のテンションを高めることもできる。遊びが綺麗ならば相手に「リード素敵だわ」「音楽いいわね」「こんな踊りをしたいんだけど、どう?」そんな気持ちを伝え、「あなたはこう踊りたいのね」「大人しく待ってるわよ」などと相手の気持ちを理解している相づちにもなる。

そこに他人に見せる要素があるとすれば、デートで連れ歩く女性の見た目を気にする男性のためにアクセサリーになってあげようとおめかしをするように、相手が恥ずかしくないように綺麗にしていたいということくらいかな。

女性も人によっていろいろなスタンスで踊っていると思いますが、どうでしょうか?見せるだけのステップや遊びって、なんだか空しくなぁい?やはり、相手あってのタンゴだから、相手にアピールしなきゃ、とおもうのです。

以上はギャラリーに見せるために踊るのか、相手を魅せるために踊るのか、そんなお話。

2、女のためか、男のためか

そして、相手にアピールする話。

男性は女性の5倍、10倍、20倍大変だと言われるアルゼンチンタンゴ。ミロンガで踊れるようになってからも奥が深いアルゼンチンタンゴ。過酷な環境の中で、「センス」と「努力する才能」と「うっかりタンゴにはまる機会」を持ってしまったばっかりに、生き残ってしまったミロンゲーロの皆さん。

最初に言ってしまいますが、どうか「女のために」踊って下さい。下心があってもOK。形にしなければOK。口にしなければOK。「気持ちよく踊ってくれ(俺のリードで」「美しく踊ってくれ(僕のリードで)」。

たまに自分の足に没頭しちゃったり、「ついてこい!」ってタイプの方いますね。

Mana「(あ…踏み換えちゃったけど、次のリードからすると足違う)ごめんなさい」
ある人「いいよ、いいよ。僕が適当にフォローするから、どんどん間違いなさい」

まぁ優しくないといったら嘘ですが、本当に間違う時も多々あるけど、今のは絶対リードおかしい!!とてもお上手な方だったので楽しく踊っていたのですが、その言葉を聞いた瞬間完璧にテンションが下がりました。なぁんだ、そういうつもりで踊ってたのね。

自分が正確に踊れば女がついてくるのが当然、と思うのはちょと甘い。女だって、その気にならなければついて行こうとは思わないのです。子どもだって「お菓子一緒に食べよう」「TVゲームで遊ぼう」って言われなければ、知らない人の車に乗らないじゃないですか(最近の子はこんなんじゃ拐かされないよね…Manaはお菓子には弱いけどさ)。まず、口説かなければ(踊りでね)。美味しいものを食べさせるように、薔薇の花束に思いを託すように、優しい甘美なステップで酔わせておけば後はそっちのもの。

心遣いが感じられてテンションが合ってくれば、女性も男性の心遣いを無にするようなことはしません。優しい心遣いで応えてくれるはず。もともと踊りたくて踊ってるわけだから、つまらない踊りをしたいわけがないのです。上記で「魅せた」ように、相手を誘惑するように、相手の気持ちを盛り上げるように、リードに応えて気持ちのいい空間を演出するのは女性の役割、男性の奏でる伴奏に歌を載せていくのは女性の役割。気持ちが通じれば、女性もまた「男性のために」踊ってくれるはず。はずですよ。ねぇ、女性の皆さま。

と、気持ちの問題で話をまとめようとおもったのですが…、最近踊っていると自分の身体の軸が物理的にとても気持ちがいいことに気付いてしまいました。これって…ねぇ。この気持ちよさを男性に伝えていくと、きっと男性も気持ちよくなるに違いないから、それが更に女性に…で、また気持ちよくなって…。増幅に増幅を重ねた先にはいったいどんな気持ちよさが待っているのやら。

あの世。天国と地獄では、それぞれ3尺3寸(約1m)のお箸を使っているのだとか。でも繰り広げられる光景は全く別。地獄ではままならない長い箸でそれぞれが自分の口に食物を運ぼうとして、突つき突つかれ壮絶な光景が。天国では箸の長さを利用して愛しい相手の口に食物を運んであげる、新婚夫婦のようにほほえましい光景が。つらいタンゴと気持ちいいタンゴって、地獄と天国の食事に似ていると思いませんか?

タンゴって、まだまだ奥が深い。なんて言っているようでは、ミロンゲーラへの道は遠い。

というわけで、本家サイト「アルゼンチンタンゴを踊ろう」もどうぞよろしくお願いいたします。よいお年を。また新年のミロンガで!

茗荷谷タンゲーラのHP「TANGOZUMZUM~アルゼンチンタンゴを踊ろう」
http://www.tangozumzum.net/

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