東京のタンゴとサンフランシスコのタンゴ
流浪ミロンゲーロ23号
筆者は訳あって、サンフランシスコに住んでいる。タンゴは3年前ここで始めた。時々東京に行くことがあって、東京のミロンガにも適当に出没している。今日は、サンフランシスコのタンゴのことをちょっと紹介してから、サンフランシスコ在住者の視点から見た東京のタンゴの雑感を書いてみよう。
サンフランシスコのタンゴ界の人々は、サンフランシスコが、アメリカ合州国(*注1)の中で一番タンゴが盛んでかつ洗練されていると信じている。実際の所、ミロンガの数だけで比べると毎日少なくとも1つ、多い日は4つぐらいあるから、恐らくニューヨークといい勝負だろう。よいタンゴを求めてロサンゼルスから引っ越して来た先生もいるぐらいなので、少なくともロサンゼルスよりは上質なのだろう。
サンフランシスコのミロンガの開催場所はいろいろ。ダンススタジオだったり、多目的ホールだったり、キリスト教会だったり。筆者は、ヨットクラブと教会が何となくお気に入りだ。サンフランシスコのミロンガはどこも禁煙で、とてもうれしい。入場料は、5ドルから15ドルの間で、10ドル前後が相場。ほとんどのミロンガでは、スナックと飲み物が食べ放題だ。なので、たまに東京に行ってミロンガの入場料が3000円とか2500円とか言われると、とっても心臓に悪い。(金曜日のゼロが1ドリンク込み1500円でなおかつ禁煙なのには、大変感謝している。)
サンフランシスコのタンゴ界は、男性過多である。たいていのミロンガで、男性の数の方が女性の数をやや上回る。筆者のような万年初心者の男性は、壁の花ならぬ、壁の地蔵になりがちだ。また来ている年齢層も、東京に比べてずっと高いように思える。20歳代でタンゴを始める人は少ない。たいていは、30歳代以上だ。一見同い年と思って踊っていた女性が実は50歳代だったりして驚いたことが何回かある。その点東京のミロンガは、女性が男性より多く、しかも若いので、筆者としては、正直言ってうれしい。
民族的には、サンフランシスコの人口構成をある程度反映して、白人と中国人が多い。日本人は、なぜか女性は多くて入れ替わりもあるのに、男性は極端に少ない。常連は、筆者ともう一人の計二人しかいない。白人では、どういうわけだか、ロシア人が多い。(そういえば、ロシア人も女性が多くて、男性は少ない。)
東京のミロンガに時々顔を出したり、東京のタンゴの先生のウェブサイトとかを見て最近気づいたことなのだが、東京の(日本の?アジアの?)タンゴ界では、競争にこだわっているような印象を受けた。先生方のウェブサイトを見ると、たいてい、どこそこのコンクールの何とか部門で優勝しただの、決勝戦まで残っただのと書いてある。また、何かのコンクールの直後のミロンガに行くと、そこを主催するダンススクールの先生が、今年のコンクールの何とか部門で何位でしたー、と報告をする。はたまた、タンゴ初めてまだ1年とか2年のカップルが、東京で行われるコンクールに出場することにして、それを目標に頑張ったりする。
何かの目標をもって上達することはいいことかもしれないが、うーんしかしタンゴで競争をするということに、筆者にはちょっとしっくりしないものを覚える。それは、タンゴ的でないように思える。
筆者にとって、タンゴは、ごく私的なものだ。人によって異なるものだ。年を重ねるに連れ、「私のタンゴ」のスタイルができてくる。大げさにいえば、それはその人の人生の集約である。私の人生があって、あなたの人生があって、それぞれに価値があるように、タンゴは別に他の人と競争するような種類のものではないような気がする。そもそもスタイルが違うんだから、比べようがないではないか。あるのは、好みに過ぎない。まあ、もてる人ともてない人がいるみたいに、多くの人から支持されるスタイルとか、ごく少数の人し合わないスタイルとかあるだろう。でも点をつけて比べるような性質のものではないと思う。
筆者がタンゴで一番重要と思うのは、どう見えるか、ではなく、どう感じるかだ。つまり、踊っていてお互いにいかに気持ちいいか。音楽と相手と自分とがいかにひとつになるか。そんなの、外からは見えないこと。だから点数化できない。点数になるのは、外から見ていかに格好がよいか、きれいか、揃っているか、曲とあっているか、とかそんなところだ。肝心のところが点数化できない。
サンフランシスコのタンゴの先生達のウェブサイト(注2)を見てもらうとわかるが、コンクールで第何位なんてことが書いてある人は少ない。ミロンガでコンクールへの出場者の壮行会もなければ、凱旋報告もない。ブエノスアイレスへは、楽しみに行くのであって、競争しに行くわけではない。サンフランシスコのミロンガで、コンクールの話が話題になったこともない。こういう意味では、筆者には、サンフランシスコのタンゴ界の方が、思想的には合っていると思う。
東京でもうひとつ驚いたこと、それは、音楽としてのタンゴ愛好家が存在する、ということだ。一年ほど前に東京に行ったとき、適当にインターネットで調べてタンゴのつどいなるものに行ったら、タンゴ歌唱や演奏が趣味の人主体で、踊る人は少数だった。生演奏でタンゴを歌っていた。また、普通の音楽ホールで、つまりたぶん踊ることはできないような場所で、タンゴの演奏会が結構頻繁に開かれているようだ。こういうのは、サンフランシスコにはあまりない。演奏家はいるが、歌唱のみを趣味にするという人には、いまだ会ったことがない。さすが、カラオケ発祥の地、日本である。
タンゴ演奏家の裾野が広いせいか、東京のタンゴの演奏は、なかなかいい線行っている。この前竹芝であったミロンガでの Chicos de Pampa の演奏はなかなかよかった。サンフランシスコの某ローカルタンゴバンドよりは、ずっと上質の演奏であった。
ところで意外なことに、日本のタンゴの歴史は、サンフランシスコのそれよりずっと長い。すいよう会のウェブサイトによると、同会は50年前に活動を始めたとあるし、ブエノスアイレスのタンゴ博物館には、古賀政男が同国を訪れた時の古い写真があったりする。それに比べて、サンフランシスコで、定期的にミロンガが行われるようになったのは高々10年ほど前だそうだ。さらに意外と思われるかもしれないが、サンフランシスコは東京よりアルゼンチンにずっと近いにもかかわらず、アルゼンチン人のタンゴの先生は、サンフランシスコには少ない。思いつくのは二人だけだ。これに比べると、東京にはアルゼンチン人のタンゴの先生がたくさんいて、うらやましい。これは、邪推するに、日本のほうが儲かるからだと思う。日本でタンゴを習う人達は、レッスンに何万円もの投資を惜しまないが、こちらの人達でそんなに出す人は少ない。この前、割と人気のあるアルゼンチンの先生が某ミロンガでミロンガ前に1時間レッスンをしたが、レッスン料はミロンガ込みで15ドルであった。(レッスン受けないと10ドル。) 1600 円?いったい主催者は先生にいくら払ったのかこちらのほうが心配してしまった。なので、アルゼンチンの有名な先生は、サンフランシスコを通り越して東京に行ってしまうのではないかと、思う。(ちなみにこの構図は、ジャズ・ミュージシャンも同じ。)
いろいろ書いてきたが、サンフランシスコも東京も、それぞれ特色があって面白い。しかし、サンフランシスコのタンゴ界、もう少し女性増えてほしいなぁ。東京の女性の皆さん、サンフランシスコに越してきませんか?
注1: United States of America の忠実な翻訳。どこにも United People とは書いていないので、世間一般に通っている「合衆国」は誤訳である。なぜこのような誤訳がまかり通っているのかは世界七不思議のひとつだ(うそ)。
注2:例えばここからたどってみてください。
http://batango.com/local/teachers.php
☆サンフランシスコのミロンガ一覧
http://deluxe.web.infoseek.co.jp/cgi-bin/edit-tango/cal-e.cgi?region=North%20America